父の存在

桜堂主宰 ライフワークコーチ大林洋子です。

 

 

インナーチャイルドチャレンジ☆

 

続けています。

 

 

6日目(7/22)

面白いことに

アンテナがたっていると

いろんな球が飛んできます。

 

 

メンターコーチのSNS投稿がたまたま親子関係のこと。

親からの愛を正しく受け取れるようになると

「自信」や「欲」は健全なものに落ちついてくる。

 

全ての人が持っている「欲」。

それは自分の心の中の

「欠けた部分を満たしたい」という心理。

その部分が響いた。

欠けた部分とは・・・

 

 

私が育った環境は愛知県一宮市。

繊維のまち一宮。

と言われるほどの繊維が盛んな街。

実家も昔ながらの繊維業をしており卸糸をしていた。

カラーチャートが壁には貼られ

自然に色に触れて育った。

庭続きに親戚の家があり

糸が紡がれる機械の音がずっとなっている。

ボールプールのように糸の芯に埋もれ遊んだ。

住み込みの人もいて来客もある。

父は社長として多くの人から慕われていた。

 

 

徹底した昭和時代の男尊女卑、父は大黒柱。

父の座布団を少しでも踏んだら母に怒鳴られ

父より先につまみ食いをしたら引っ叩かれ

父の足がクルクル回る椅子に座りたくて仕方なかった。

母は厳しい祖母との関係性に苦しみながら主婦業をしていた。

毎日着物で白い割烹着、朝の挨拶は三指をついてスタート。

あの時はそれが普通と思っていた私。

いまは、特別なことだと分かっている。

親戚でもない他人も一緒に食事をする。

一番小さな私は遊んでももらえたけど

母の笑顔がいつもこわかった。

いつも顔色を伺っていたので

出来事は覚えてなくても顔を覚えている。

もちろん家族をもった今の私はわかる。

いろんな人に気を遣って大変だったんだと思う。

いまの私ができるか?

その時の母の年齢より上の52歳になった私でも

母のようにはできない。

母のことを尊敬する。

私には真似できない。

悠々自適に家族3人で過ごせていることを

改めて“ありがたい”心から今の幸せに感謝。

 

 

父と話せることは特別なこと。

父と会話することにいつも憧れがあった。

小さな頃の私は父と手が繋げると

こっそり嬉しくて泣いていた。

昔の人にしては背が高く182cmあった父

私が泣いていることなんて気づてなかった。

 

 

父は優しかった。

怒ることは、まず無い。

怒る時は必ず母。

母はそれを

「お父さんが怒る時は家を出されるとき」

「だからお母さんがいつも怒るんだ」

そう言われると、本当は怖いのか?と

ちょうど今の息子と同じ歳の頃に言われたのを覚えている。

もしかしたら私も思春期はいっていたのかもしれない。

でも、今思うと

母は自分が怒ることの“言い訳”にしていたように感じてしまっている。

なぜなら、本当に父は怒らなかった。

母から叱られていると父は

「洋子も分かってるから、もうそれくらいで良い。」

と必ず止めてくれた。

そしていつも

「洋子は俺に似てるから、洋子の気持ちは分かる」

と続けてくれた。

必ず守ってくれた。

 

 

それでも、たった一度だけ25歳の時叱られた。

「そこに座れ!」

口調から直感で“やばい”と思い正座をした。

この時海外協力青年隊に試験をこっそり受けていた。

ずっと海外への憧れがあった。

あの家から出たい一心だったんだろう。

その第一試験の合格通知がポストに入っていたのを

父が見つけたのだ。

無断で受けていたこと

ニカラグアってどこよ!!

父はとにかく心配から怒った。

そしてはじめて父は私への想いを語ってくれた。

海外行きは却下され、私も父の愛情を感じ諦めた。

 

 

この日のインナーチャイルドは

父のことを深く感じた日だった。

でも私にはできないことをしていた

母への尊敬を思い出した日だった。

 

 

コーチからのメッセージに響いた欠けた部分とは。

 

 

笑顔

 

 

私は家族の笑顔がほしかった。

顔色を伺いながら生きながら

私が笑顔なら皆が笑顔になる

子どもなりの知恵を振り絞っていた。

そのときの私らしくいられる方法だった。

その頃から自分ができることを探して生きていたんだと

なんだか私らしいな

今の私が喜んだ。

 

 

 

 

 

 

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